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鶴志さんまで・・・まだ早いですよ

2020年5月、コロナ禍でまったく例年と違ったGW明けに飛び込んできた訃報。
故人に特に愛された後輩の皆さんの想い出です。

キヨ!行くで!  笑福亭岐代松

「キヨ!行くで!」
六代目松鶴師匠が亡くなってから鶴志兄には大変お世話になりました。
落語会や仕事・集会の後は必ず「キヨ!行くで!」と誘っていただき、
色んな店に行かせていただきました。

「久賀 カレー 一作 牛丼 たこ焼き お好み 鰻 中華 イタリアン ふぐ鍋 おでんのでん  李朝園 SABAR etc」難波の「ニューミュンヘン」では漫才の若井はやと師匠と、夕方から閉店までずーと喋ってはりました。
梅田の「zoo&zoo」 では、生意気な後輩の背中を踏みつけながら激怒してはるのを目撃いたしました。

「呼び出し電話」もよくありました。
「おい!鶴志や!お前今どこや?!」「家です」「出て来い!飲もや!」「はい!」
二つ返事で四条畷の自宅に伺った時には、正に生意気な後輩(先程の後輩ではありません)の頭に野球バットを振り下ろす寸前で、ご両人の中に割って入ったのをよく憶えております。

電話をいただき「しょくすい」で12月25日クリスマスの夜に2人で「酢蛸」を食べましたね。「キヨ!東京・有楽町の「マリオン寄席」で見台使うから車で行く!運転頼む!」「はい!」
お昼開演の落語会に朝早く到着した時、2人で「夜明けのコーヒー」を飲みましたね。
すべていい思い出です。

最後に鶴志ファミリーを紹介させていただきましょう。
長男は学光兄で、続いて岐代松・伯枝・鶴笑・鶴二・小染・福矢・風喬・石松・東大阪「ゆとりーと寄席」に1年間前座出演した皆・ネタを稽古してもらった者・お付き合いしていたガールフレンド達・・・!。
総勢は100名を超える多くの人が鶴志兄にお世話になりました。

本当にありがとうございました!

 

厳しくもあり温かい鶴志兄さん  笑福亭鶴二

私が二十四才の頃、
当時付き合っていた彼女(今の嫁)を初めて紹介した先輩が鶴志兄さんです。

そのご縁で新婚の頃は、私の家でよく三人で酒盛りをして下さいました。
お兄さんは、「俺が愛のキューピットや!」と仰っておられましたが・・・

私が「なにわ芸術祭」の新人奨励賞を受賞させて頂いた時、
一番にお祝いの電話をかけて来て下さったり、
三十才の時にお兄さんが背中を押して下さった
第一回の独演会の時もご自身の仕事が終わられてから楽屋に駆けつけて来て下さったり、
兎に角、よく気にかけて下さいました。

やはり一番忘れられない思い出は、
三十代前半にお兄さん主催の『ゆとりーと寄席』で一年間、二人会をさせて頂いた事です。「一席は、必ずネタおろしをせえ!」と言われドキドキしながら挑みました。

私は、あがり症なのでネタおろしは、特に緊張します。
二人会の3回目の時、お兄さんが
「『猿後家』をネタおろしするから」と言って高座に上がられましたが
途中の奈良名所の件でネタを忘れられ、
どうなさるんだろうと舞台袖で見させて頂いてたら
「お客さん、この後何処やと思いなはる?わたい大体このネタ嫌いだんねん」
と言いながらお客様を大爆笑させ、
「そうそう思い出した・・」とサゲまで見事に演じきられました。

その後の打ち上げで、「鶴二!ネタおろしは、あんなもんや!
お前は大体びびりすぎや!間違えたかて命とられる訳やあれへん!
座布団に座ったら日本一やと思わんかい!」
と言われ私自身も勇気を頂き、
次の回から少し気が楽になりお客様のウケも変わったような気がしました。

一年間、毎回お酒を飲みながら私のネタのダメだしをして下さり、
「俺やったらこんな感じでやる」と3パターンぐらい居酒屋で実際にやって下さいました。
そしてその次の年の独演会の時は、開場の一時間前に楽屋にお見えになり
「お前の噺聴きに来た!笑わさなあかんぞ!」
と言って缶ビールを飲みながら三席ずっと見て下さいました。

本当に厳しかったですが弱気な私を精神的に変えて下さった恩人だと思います。

最後にお兄さんが私にいつも仰って下さった言葉があります。

「鶴二!噺は型にはまったらあかん!型にはまってしもたら抜けられんようになる!
落語は、いきもんや!いつも動いてなあかん!わかったか!」

お兄さんのこの言葉を胸に精進致しますので、
天国からこんなアホな弟弟子を見守ってて下さい!
よろしくお願い致します。

 

鶴志兄さん  笑福亭伯枝

明朗快活なガキ大将が、そのまま大人になったような、
「お~れ~は~ジャイアン🎶」、の歌がぴったり似合う人です。

やんちゃで、口も悪く、喧嘩腰になることも多かったので、
苦手にされる先輩、同輩もおられましたが
後輩には分け隔てなく接してくれました。

楽屋でおどおどしている若手には声をかけ、
自然に話の輪に加われるようにしてはりました。
見た目とは違う優しいところがあるのを皆が知ってるので
キャリアの離れた後輩たちからは、親分とか、ボスとか呼ばれ、
大変慕われてました。

我々直系の後輩には、終始厳しかったですけど・・・。

酒席で喋る落語の話、映画の話、野球の話に反社の話と。
好きな話題の時は夢中になって、
2時間、3時間、一人で喋ってはりました。
その豊富な知識と記憶力は、笑福亭の落語博士と言われる所以です。
しかし機嫌が悪い酒席では、立ち上がれなくなる程に大声で罵られる
恐怖タイムが始まります。

そういう時は嵐が去るのを耐えながらお酒を飲んでました。
飲んでも飲んでも酔えません。

最長は喫茶店で8時間一人でずっと喋ってはりました。
師匠松鶴の物真似を舞台でもよくされましたが
他にも、勝新太郎、菅原文太、高倉健に長嶋茂雄、
特に師匠の奥さん、あーちゃんの物真似は天下一品でした。

それにまつわるエピソード、映画の話をされる時の、
言葉の選択も抜群に上手です。

強面やけどニコッと笑うと可愛い顔。やんちゃやけど読書家、
粗暴のようにみえて細かい気配り。親分肌のようで学者肌。

女性には下ネタをよく言うけど、平然と下ネタで返されると顔が赤くなる。
お兄さんの魅力は、そういうギャップなんでしょう。

いつも明るく、落ち込んでるところは見たことない。
いや見せないのか。
自然体の爆笑舞台ですが、頭の中では緻密な計算をされてはります。
まだまだ教えて頂きたい事がたくさんあります。
頭ごなしに叱ってくれる怖い先輩がいないのは淋しいです。

あちらの楽屋でも、諸先輩を相手に臆せず
胴を取って笑わしてはることでしょうね。

鶴志兄さん、ほんまに長い間ありがとうございました。

合掌

 

照れカクシ  笑福亭風喬

「おはようございます」「おう…」

鶴志師匠に挨拶をすると「お」と「う」に濁点がついた声が返ってくる。
「お前最近◯◯らしいなぁ」と返答に困るような私の近況をどこかで仕入れ、
こちらの反応をみてニヤリと笑う。
お決まりの挨拶だ。

毎月最低2回は鶴志師匠とお会いする。
「東大阪ゆとり~と寄席」と天満天神繁昌亭での「鶴志自然体の会」

どちらの楽屋でも鶴志師匠の独演会が始まる。
松鶴師匠との思い出話からプロ野球の話、
時にはセクハラ パワハラ モラハラお構い無しで後輩をいじり倒す。
ただしいじられても不思議と不快感は無く、とにかく明るく楽しかった。

ゆとり~と寄席の楽屋は高座の裏(パテーションで仕切っただけ)
だったので話し声はダダ漏れ。
開演するまでの楽屋話をお客さんがパテーションに耳をつけて聴いてた事もあった。

お通夜で鶴志師匠のお母さんにお話をお聞きしたら、
家でもその日の出来事を面白く語っていたそうだ。

当然高座も面白い。
客を笑かせたら勝ち、何を言っても許される、
面白さは正義!鶴志師匠を見てるとそう思ってしまう。

開演すると楽屋で喋りながらも私等後輩の落語を聴いていた。
帰り道や打ち上げの時に本当に為になるご指導をしていただける。
「ありがとうございます」お礼を言うと
「まぁお前には無理、ウケんのは俺やけどな」
と突き放しながら捨てゼリフ、照れ隠しだ。

恐い顔の割に可愛い瞳、悪魔に見える時もあれば子供のような純粋さを持ち、
ドスの効いた迫力のある声なのに繊細な心。
いろんなモノが混ざり絶妙な調和をなしてたのだろう。魅力たっぷりだった。

落語の知識も豊富(私の推量です)だが、決してひけらかさず、
それを豪放な語り口で隠し(あくまで推量です)、高座で爆笑をとる。
なんとカッコいい!

こんな文章を鶴志師匠が読んだら必ず照れるだろう。
そして照れ隠しの時は必ずと言っていい程、誰かのモノマネをする。
「あっしには関わり合いのねえこって」
勝新太郎の座頭市をやった後、照れ笑いをしてる顔が浮かぶ。

 

もう一緒に飲めない・・・寂しいな  はやしや美紀

鶴志師匠とのお酒の席はいつも楽しい時間でした。
落語の話はもちろん、今読んでいる本の事や映画の話。

ある時期、すごく頻繁に呼び出されました。
試し酒の久蔵を広島の人でやりたいから
広島出身の私にチェックして欲しいとの事でした。
お父さんが喋っているような、自然な昔の広島弁にびっくり。
本当に耳が良かったんですね。

「あのネタは半分お前につけてもらったようなもんや。」と仰いましたね。
それ以来、高座でうけている姿を私も嬉しい気持ちで聴いていたんですよ。

もう高座をそばで見られないのは本当に寂しいです。
「また新しいギャグ思い付いてん」
ニヤッと笑って、飲みながら聞かせて欲しいな。
本当にありがとうございました。

 

昨年の三弥、三金と続いて鶴志さんまで。
コロナの影響でちゃんとしたお別れが出来なかったのは私だけではなかったでしょう。

大病を患った後、やめていたタバコをよく楽屋でねだってましたよね。
あのときの嬉しそうな顔、還暦過ぎた子供でした。

我々が行くときまでに、また楽屋噺を用意しておいてください。

桂枝女太

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