兄弟子の露の慎悟が2018年2月21日に亡くなりました。
慎悟お兄さんは、1967年3月に露の五郎兵衛に入門して51年、享年70歳でした。
2017年4月1日、繁昌亭で「露の慎悟おかげさんで落語家生活半世紀!」を開催し、
師匠譲りの「大丸屋騒動」が好評を博しました。
宝塚高校在学中に落語研究会を発足。
後輩に桂小枝師がおり、お二人で「慎枝の会」を開催していました。
若い頃からイケメンでしたが高校生の時には超イケメンで
日活ニューフェイスのようです。若い頃はさぞかしモテる男だったと思います。
私生活の方は、賑やかな兄さんでとにかく声が大きくて、
打上げで喧しすぎて強面のお兄ちゃんに怒られたこともありました。
みんなでワイワイと飲むのが楽しくて、
後輩たちを連れて立ち吞み屋に行くことが多かったようですが、
若い子に「師匠、今度は座れるところに連れてって下さい!」(笑)
と言わせたほどお酒が大好きな慎悟兄さん。
晩年は何度も階段から落ち気絶して救急車を呼んだり、
着物が血だらけでボロボロになったこともあったそうです。
さぞかし奥様の心配の種が尽きなかったことと思います。
昭和の落語家を絵に描いたような「露の慎悟」。
亡くなってから奥様から意外な一面をお聞きしました。
お兄さんにはお二人の娘さんがいてはって、女のお孫さんがお一人「りっちゃん」がいてはります。
慎悟おじいちゃんはりっちゃんをとても可愛がられたそうです。
可愛がると言うよりも、大好きだったそうです。
来るとわかるとそわそわして落ち着きがなく、
家事などしたことないお兄さんが紙おむつも買いに行くほどで、
お酒のビンにもりっちゃんのお気に入り写真を貼って飲んでいたそうです。
お二人の娘さんを抱いたこともなかったそうですが、お孫さんの「りっちゃん」は抱きまくりで、
大々好きだったそうです。私はお二人の姿を想像してとても嬉しい気持ちになりました。
私が内弟子修行中、師匠の家でお酒を飲みながら、
「俺がホンマは一番弟子やねんでェ」とよく言われてました。
その慎悟兄さんが一番に師匠の元へ行かれました。
露の五郎兵衛一門は直弟子が8人、孫弟子が9人の一門です。
師匠亡き後、一門を牽引して下さったお兄さんがいないのは、
寂しさと心細さでいっぱいですが、残った私たちで力を合わせて五郎兵衛一門頑張ってまいります。
天国からどうぞ守って下さい。
慎悟兄さん、長い間本当にお疲れさまでございました。
そして、ありがとうございました。ゆっくりお休み下さいませ。
文・露の都