公益社団法人 上方落語協会

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会長のご挨拶 4月

まさに
桜の神様が里に下りてくる頃
私は、3月の総会で、会長職を辞することを協会員に発表いたしました。

この文を書くのも最後となりました。
15年、その間に色々なことがありました。
数々の困難に立ち向かえたのも、現春團治師、八方師、きん枝師、松枝師、そして心の支えだった鶴瓶師、他、大阪天満宮寺井宮司様、寺井権宮司様、天神橋筋商店街の理事長で今は亡き土居理事長様、他、皆々様のお力があったからこそです。

会長になって、初めてしたのは協会を離れていた桂ざこば師に戻ってもらうことでした。
それから大車輪で、社団法人化、その後公益社団法人になるのですが、何よりも大変だったのは社団法人化の後取り組んだ、「天満天神・繁昌亭」建設でした。
これは並大抵のことではなく、一年半禁酒をしたくらいです。
その後、坐摩神社に造った寄席発祥の地の顕彰碑。
安藤忠雄先生設計の、上方落語協会会館建設。
髙坐招魂社の建設、他にもいろいろアイデアを出してきました。

私が15年会長として、数々のことに取り組んだのには、いろいろ訳がありました。
今は亡き米朝師匠から、自分が還暦になったことを伝えた時
「60か、噺家としてこれからやなぁ」
とおっしゃって頂いたこと。
そして、ご本人は覚えておられなかったのですが、月亭可朝師匠から
「これだけ名前を売ったんやから、落語にお返しをせないかんで」
と言われたこと。
会長なることを現春團治師に勧められて迷っていた時に
神戸の中華街の当時の会長さんから
「会長なんて、一銭にもならんし、みんなおんなじ商売やから、自分ところが損せんように好き好き言うし、でも、自分の好きな街ににしたい、というアイデアが出せると思って引き受けましたんや」
とおっしゃった言葉。
皆様のいろんな言葉に後押しされて、会長職を引き受けました。

繁昌亭大賞や、創作落語台本募集、若手グランプリなどなど、休憩場所の輪茶輪茶庵に、出演者の言葉をのせること、その場所での落語会など、大きなことから細かなことまで、考える楽しさ、実行出来る楽しさを味合わせて頂きました。
いろんな事業に共感してお金を出して下さった、親しくして頂いていた企業家の皆様、感謝です。
私を信用して、何千万ものお金を出していただいて、ありがたいことでした。

この15年。
振り返って感謝の言葉しかありません。
新しい会長には、一切何の注文もありません
想い通りにやって頂いたら
と思います。
何も、引き継いでいかなくてはと、思わなくても
独自の考えで
新たな上方落語協会を創ればいいと思っております。
新会長のもとで協会員一同一丸となって、協会を運営してゆくことでしょう。
新しい体制に
どうか、ごひいきご鞭撻を伏してお願い申し上げます。

最後に
今まで応援していただいた皆々さまに感謝申し上げ、この場を借りて
御礼申し上げ、最後の会長挨拶とさせていただきます。
長年にわたり、誠に
ありがとうざいました・・・

追伸
これからは会長職を離れ、独自に落語をはじめ、やりたいことをまだまだやってゆくつもりです。
今は、やり切ったという爽快感でいっぱいです。
ィヤッホーーーーー!

と、ここまで書いて
まだ5月が最後と気がつきました。

最後は、私がこの世界に入ってから出会った噺家の話を書いて
筆を置きたいと思います。

いま一度お楽しみに。