公益社団法人 上方落語協会

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会長のご挨拶 9月

 いつも上方落語をご贔屓いただきありがとうございます。

 新型コロナと付き合っていよいよ8ヶ月目となりました。9月という月は、上方落語協会にとりましてイベント月と言えます。まず第1土曜日曜に開催する「上方落語ファン感謝デー 彦八まつり」。例年二日間で、10万人の人出で、今や大阪の数ある祭りの仲間入りをさせて頂いております。

 そして15日の、「天満天神繁昌亭開席記念日」今年は14周年ということで例年通り、三回の特別公演で皆様も迎えいたします。

 

 さて、今回は「彦八まつり」の成り立ちについて私の記憶をたどりたいと思います。お付き合いください。

 

 五代目、六代目松鶴師匠の悲願であった上方落語の始祖、米澤彦八を顕彰する碑を建立することは門弟の願いでもありました。

 筆頭弟子である我が師匠仁鶴の思いは強く、生國魂神社のご厚意により境内に敷地をご提供いただき、一門の協力もあり松鶴師匠の死後4年を経た平成2年9月5日、立派な碑が建立されました。

 同時に、四天王として上方落語を牽引し導いた、米朝、春団治、小文枝各師匠の思いも碑文に刻まれています。

 

 そして師匠から、お客様への感謝を込めて、手作りの文化祭的な催しができないかという話があり、松鶴師匠のマネージャーをされていた奥田さんの声かけで、実際動く人間が集められ、その中に私も入ることになりました。

 祭の名前は「彦八まつり」。日は、松鶴師匠の命日である平成3年9月5日(木)と決まりました。

 当然当初は手探りの状態で、まず当時市民の手作りフェスティバルとして定着していた「中之島まつり」のノウハウを学ぶこととなり、中之島まつりに ボランティアとして参加していた素人落語の下脇英太郎さんにアドバイスを受け、その親友の落語家桂春駒さんも積極的に参加してくれました。

 彼は私と四人だけの同期の一人で、それまであまり付き合いはなかったのですが、祭りの企画が動き出して、その段取りや仕切りのうまさに驚き、また助けられました。

 

 まずは、あくまで噺家の手作りということで、できることをするという師匠の方針通り、実務を担当する噺家を集め実行委員会を作り、アイデアを出し合いました。 協会のお金は一切使わず「集まったお金でできる範囲のことをして喜んでいただく」それが今でも変わらない基本コンセプトです。

 そうは言っても何からはじめていいか、最低でも舞台とテントが必要です。その資金のあてをどうするかという問題です。たまたま妻が小学校PTAの役員をして、会長さんが海老江八坂神社の後に総代を務められる程の方で、夏祭りの話などをしたことがあり、神社での祭りは献灯という形で寄付をいただくということを聞いたので、そのスタイルを提案しました。 寄付して頂いた方のお名前を、大型の提灯に入れさせていただくという形で、在阪の放送局、プロダクション、各企業などに師匠にお願いしに回って頂きました。

 バブルが弾けたところでしたが、皆さん心よく寄付してくださいました。また、有名企業の協賛をいただくと箔がつくということで、大阪といえばサントリー というわけで堂島のサントリー本社に、半ば飛び込みに近い形でお願いに上がり、当初はさすが一流企業、敷居が高く感じましたが、今では30年という長きにわたり看板スポンサーとして祭りを支えて頂いております。

 

 次にPR はどうするか。

 各噺家が出演している番組で祭りの事を散々言い倒す。これは、タダです。
ポスターは、どこへ貼る?当時私が近鉄バファローズアワーという番組を ABC ラジオでやっていた関係で、近鉄宣伝部の方にお願いしたところ、沿線の駅に無料で貼っていただけることになりました。同じく地下鉄も快くご協力いただけました。有難い。

 そしてポスターのサブタイトルも、当時私が何回か参加した「近鉄バファローズファン感謝デー」のフレーズから頂戴し「上方落語ファン感謝デー」としました。

 

 肝心の中身は、文字通り文化祭に習って基本噺家手作りの屋台、定番のたこ焼き、当てもん、ゲーム、五代目文枝茶屋の焼きうどん、仁鶴の古道具屋、三代目春団治ブース、回が進むにつれ、参加屋台が増え、彦八の母・都の辻占い、福郎の本屋の善さん等々、今では40近くになりました。

 仁鶴の古道具屋での第1回の目玉商品は、大師匠の私物。米朝師匠にお願いしたら、ショルダーバッグや靴など提供して頂き、ショルダーバッグの中には、NHKの対談番組(お相手は、越路吹雪さん)の台本入りという逸品。三代目春団治師匠からは、愛用の野球スパイクを提供して頂き、どちらも大ファンの方が大喜びで手に入れられました。師匠仁鶴も古道具屋で購入者にサインをつけるというサービスぶりで閉店まで長蛇の列でした。

 

 舞台上では、染丸師監修の「住よし踊」、呂鶴師率いる雅会の「地車囃子」などでしたが、「お茶子クイーンコンテスト」や生玉の富、噺家バンドほか名物コーナーも生まれました。

 第1回のステージは、師匠が当時担当されていた、毎日放送テレビの「ごきげん2時です」の、生中継もあり大いに盛り上がり、テレビを見たお客さんも足を運んでくださり予想以上の人出となりました。

 結果、大成功でその後、屋台を出す噺家が急増、文字通り上方の落語家総出のまつりとなっていきました。

 

 ボランティアで協力指揮をして頂いた下脇英太郎さん、黎明期を支えた桂春駒さんの尽力なければとても続いてなかったと、改めて感謝しなければなりません。

 春駒さんは、第5回実行委員長で前夜祭を始め二日間開催の道筋をつけ、私は第6回委員長で「彦八くん」を誕生させました。以後、実行委員会はノウハウを蓄積し、毎年交代する実行委員長をしっかりサポートしてくれています。

 

 そして30年目の今年の実行委員長は、何より節目のこの年に、落語家人生60周年、しかも10月に傘寿を迎えられる最ベテランの桂福団治師匠にお願いしました。

 噺家一同楽しみにしていましたが、新型コロナという思わぬ敵が現れ無念の中止となり残念でなりません。

 

 しかし、チャーチルの言葉「良いピンチはチャンス」。

 記念の30回しかも9月5日は 奇しくも 松鶴師匠の命日でもあります。何かできないかと考えていたところ、 同じく中止になった東京・落語芸術協会の「芸協まつり」実行委員長の瀧川鯉朝さん(何故か長年、彦八まつりに参加し、東京の芸協まつりの発案者)から、芸協まつりを配信すると聞きましたので、今度はこっちがそのアイデアをいただきました。

 実行委員のみなさんに話をしたら、次から次へと企画が決まり面白くなりそうです。 9月5日12時スタート、是非 YouTube でご覧ください。今年は涼しい家で「デジタル彦八まつり」をお楽しみください。

 そしてまた来年、生國魂神社のリアル「彦八まつり」で元気にお会いするのを楽しみにしております。

公益社団法人 上方落語協会
会長 笑福亭仁智