落語名所

「落語名所」池田編

落語「池田の猪買い」「池田の牛ほめ」等で馴染みある池田へ大阪から歩いて行ってきました。そのルポを編集委員の林家愛染がお届します。

「んなあほな」に似つかわしくない長編ルポとなりましたので3週に渡って更新します。どうぞ最後までお楽しみくださいませ。

「んなあほな」編集部

 

「落語名所」池田編

 皆様は「池田の猪買い」というネタをご存知ですか?

「喜六が丼池(どぶいけ)から池田まで猪の肉を買いに行く」というネタなのですが、池田までの道順が割と細かく説明されているネタでもあります。

「落語家は何事も経験することが大事。実際にその道順通りに歩いて池田まで行ってみよう!」と思い立ち、やる気に満ち溢れ、体力に自信があり、そして何より時間に自由のある人間が集いネタの通りに歩いてまいりました。今回はその模様をお伝えいたします。

 

決行日は昨年12月9日の月曜日。この日は最低気温4度・最高気温14度と、今シーズンの暖冬を象徴するかのような温かくもなく寒くもない感じ。
さらには風もそんなになかったので程よい気候。そして空模様はというと、これがまた雲一つない快晴で、まさに絶好の“池田の猪買い体験”日和でした。

当日集まったメンバーは、「んなあほな」編集委員会・委員長の桂枝女太師と副委員長の笑福亭竹林師、そしてカメラマン役として笑福亭恭瓶師と、わたくし林家愛染。さらに委員ではないけれど「そんな面白そうな企画、僕も同行したいです!」と志願してやってきた物好き・笑福亭笑助師を加えた、平均年齢50.8歳の5人です。

出発する前に、一度池田の猪買いで述べられているその道順をおさらいしてみましょう。

 うちとこの表を出たらこれが丼池筋や、なあ。こいつを北へドーンと突き当たる。と、この丼池の北浜には橋がない。左へ曲ってちょっと行くと、淀屋橋という橋があるやろ、淀屋橋・大江橋・蜆橋と橋を三つ渡ると、お初天神という天神さんがあるな。あそこの北門のところに紅卯というすし屋の看板が見えたあるそれが目印や。そこから一本道まっすぐその道を上がって行きゃええのや。北へ北へと上がって行く、十三の渡し、三国の渡しと、渡しを二つ越える。服部の天神さんというお宮があるな、それを尻目にころして行くと岡町。岡町をぬけたら池田。池田の町中で聞いてもわからんな、山の手へかかって山漁師の六太夫さんちゅうて聞いたら大阪まで聞こえたある猪撃ちの名人や。

演者によって若干の違いはあったりしますがだいたいこんな感じ。とりあえずは丼池→北浜→淀屋橋→大江橋→蜆橋→お初天神→十三の渡し→三国の渡し→服部天神→岡町→池田というルートを通っていることになります。

我々もこの喜六に倣って丼池から出発したらよいのですが、なんせ平均年齢は50オーバーの我々。「まぁちょっとくらいナニしたってええやろう」という関西独特の言い回し表現を用いて今回は淀屋橋よりスタートすることにいたしました。


【右から笑助、竹林、枝女太、愛染。撮影は恭瓶】

 

1)午前10時、淀屋橋駅からスタート。まずは淀屋橋・大江橋・蜆橋という三つの橋を渡ることにします。このルートは現在で言うと御堂筋を北向きに歩くことになります。

今回の言い出しっぺでもある竹林師は普段から一日2万歩は歩くという、まさしくウォーキングの達人。その達人から教わった極意三箇条は、

①歩きやすい靴を履く
②カバンはリュックタイプのものを使う
③最後まで明るく楽しくおしゃべりしながら歩く!

この三つ。

「最後のほう無口になったらアカンで!」とか、「せっかくやから池田で牡丹鍋(猪肉のお鍋)食べたいですね」とか和気あいあいの雰囲気のなか、土佐堀川にかかる淀屋橋を渡り中之島に到着。

中之島とは南側を土佐堀川、北側を堂島川に囲まれた中洲のことで、現在はバラ園で有名な中之島公園や大正時代のネオ・ルネッサンス様式が美しい中央公会堂、さらに最近では色んな高層ビルが建ち並ぶことで有名なところになっておりますが、その昔は色々な藩の蔵屋敷が集中していたそう。

喜六が渡った頃はお侍さんなども多かったのでしょうが、今はビジネスマンや外国からの観光客などで賑わっておりました。


【淀屋橋から西側を眺める。右手のビル群が中之島】

 

中之島を越え、堂島川にかかる大江橋も越えてさらにまっすぐ。蜆橋(しじみばし)を目指します。と言っても蜆橋という橋は現存しておりません。その昔、堂島川の大江橋より上流から北側に蜆川(しじみがわ)という川が分岐して流れていたそうで、その川に掛かっていた橋のひとつが蜆橋といいます。あの文楽の名作・心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)の「道行名残の橋づくし」にも登場しています。

余談ですが、蜆川というのは通称で、本当の名前は曾根崎川といいます。なぜそんな通称が付いたのかというと、曾根崎川では蜆がたくさん採れたからだそうです。しかし、最近では実際には違う理由だという話も。まぁ落語家なんで難しいことわかりまへんわ。

とにもかくにも現存しない蜆橋。でもどうやら蜆橋跡の碑があるらしいので、それを探すことに。最近はスマホという便利なものがあるので皆がそれぞれ調べますがいまいち場所がわかりません。「なんとなくこっちか?」と北新地エリアに向かいましたがやっぱり見つけられず。このままでは北新地という歓楽街を歩いたという優越感しか得られないのかと思っておりましたら、誰かが「池田の猪買い体験なんやから、ネタにあるように急いでいる人に尋ねてみよう!」。

さすが!と一同納得しましたが、実際に急いでいる人はみな車に乗っており、その車を呼び止めてまで聞くのはさすがに危険。そこで「急ぐこともありそう」なお巡りさんに尋ねてみました。

ところが、お巡りさんも蜆橋どころか蜆川についてもご存じない様子。そりゃ100年ほど前に埋め立てられた川のことなんてわかりませんよね。

仕方なく「この辺かも?」という野生の勘を頼りに探していたら…ありました!ビルの外壁にめり込むようにこそっと。これはわかりにくい!しかしよく見つかりました。何ごとも文明の利器に頼らずたまには勘をたよりにしてみるものですね。皆様もお探しの際には梅新南交差点の南西、サンマルクカフェ御堂筋堂島店の向いにある滋賀銀行ビルを目印にしてくださいね。


【蜆橋跡碑】

 

2)蜆橋跡の碑の発見に手間取ってしまい想定よりも遅れを取り始めた我々は、気持ち急ぎ足で次なる目的地・お初天神を目指します。

御堂筋をそのまま北上。フェニックスホールの向かいにある歩道橋で国道1号線を越えると、ビルの合間から見えてきたのが露天神社(つゆのてんじんじゃ)。これがお初天神です。これも通称がお初天神で本来は露天神社。…大阪はこんなん多いんかしら?

何故お初天神と呼ぶかというと、ここは天神さん、つまり菅原道真公を祀ってある神社で、さらにここを舞台にした近松門左衛門作の人形浄瑠璃「曾根崎心中」のヒロインのお初にちなんでお初天神と呼ばれるようになったのが由来だそうです。コレは本当。


【露天神社。通称:お初天神】

ビルや高い建物に囲まれていることもあり、都会の中でポツンと出てきたような簡素な印象を受けます。しかしずいぶん昔はここの社の裏手は天神の森と呼ばれるくらいに木が鬱蒼と茂っていたそうですし、先の曾根崎心中のもととなった遊女のお初と手代の徳兵衛の情死事件は元禄年間に実際にあった出来事なんだとか。

さらに石柱には太平洋戦争での戦闘機による機銃掃射跡も残っているなど、ここはずいぶんと古い時代から現世に至っているんだという歴史を感じることができます。道案内をするにもひとつの目印として紹介したというよりは、その当時、庶民にとって馴染み深い場所だったのかもしれませんね。

しっかりとお参りをして、これからの我々の旅の安全を枝女太師が代表で願ってくれている間、今度は紅卯(べにう)というお寿司屋さんを探しました。

ここでまた話が逸れますが、この紅卯がある場所は落語家によっては北門のそばか西門のそばかで違っていたりします。なんにせよ境内からは看板は見当たらないので門の周りを探しましたがやはり見つかりません。またスマホで見ても出てこない。勘に頼るも違う店ばかり。もしかして時代とともにどこかへ移転されたのか、はたまた元から無かったのか。それとも北門か西門かを統一できていない落語家のこと、紅卯という名前も間違えて覚えていたのか…。今となっては真相は闇の中。ご存知の方がいらっしゃったら是非ご教示くださいませ。ちなみに北門のそばにはがんこ寿司がありますので、ひょっとしてこれのことかな?

西門は交番所がありますが、ここで厄介になるような事件でも起こしたら、食わされるのは寿司飯やなしにくさい飯です。


【西門の交番】

文・林家愛染
写真・笑福亭恭瓶

本日はここまで。
次回の更新は2/21(金)です!続きをどうぞお楽しみに!

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