露の陽照 つゆの・あきら
京都府長岡京市出身 2015年3月 露の都に入門

超遅咲きのエンターテイナー 9月に記念公演!!
んなあほな編集委員、露の瑞です。
今回の「将来の名人に聞く」は、私の妹弟子、露の陽照(あきら)です。
陽照さんは落語家としては後輩ですが、人間としては大先輩。
というのも、1988年生まれの私に対し、陽照さんは1961年生まれ。
27歳年上の後輩です。
弟子修業中、師匠・露の都の自宅ベランダで洗濯物を干していた陽照さん。
お隣の奥様が陽照さんに向かって、「今日も良い天気ね、都さん!」
露の都に限りなく近い(笑)、陽照さん。
今回はそんな陽照さんを丸裸にしちゃうわよ!
(陽照お得意モノマネ、キューティーハニー風)
坂本九「上を向いて歩こう」、植木等「スーダラ節」が流行った高度経済成長期の真っ只中、小泉小由理、のちの露の陽照は誕生した。

本人いわく「幼少期の写真が見つからなかったので、合成のイメージ画像でご勘弁を」
生まれた時は2700グラム。
未熟児の一歩手前だったが、3歳児健診ではなぜか肥満児。身体が重くて走るのはしんどいし、運動は大の苦手。中学での部活選びで運動部はすぐに除外した。
文化部でなにか良い部活はないやろうか。
ブラスバンド部・新聞部・放送部…色々ある中で、小由理にとっては演劇部が一番未知で興味を惹かれて入部。
「幼少期は母親の陰に隠れているような引っ込み思案の子」だった小由理。
そんな大人しい少女が真逆の世界へ飛び込むとは、どこかで自分を変えたい!と思っていたのかもしれない。
≪運命を変えた貼り紙≫
自分以外の何者かになれる演劇の魅力にはまり、高校でも演劇部に入部。
その後、進学した短大には演劇部はなく、「あー! 演劇したいなー!」と思っていた時、たまたま大学の掲示板で見つけた「エキストラ募集」の貼り紙。
これが小由理の運命を変える大きなキッカケとなる。
とある小さなプロダクションが募集していた、大映・東映のエキストラのバイト。
「面白そう!」と一緒にバイトを始めた、華奢で若く見える友だちは、町娘や武家娘の役。
一方、小由理はなぜか飯盛女役。
友だちが着ている黄八丈の着物が羨ましかった。
TVドラマ「岡っ引きどぶ」「江戸の用心棒」等に出演したなかで思い出に残っているエピソードは、寒い冬の京都、火をいこしたドラム缶で暖を取っている夏八木勲さんが「(火に)あたりに来なさい」と声をかけてくれたことだ。
そういう思い出は、ずっと胸に残り続けますよね。
短大では児童福祉を専攻。卒業後は地元・長岡京市で保育士になりたかったが、正職員の募集は無し。アルバイトで勤め始めるも、先の見えない不安から20代半ばで退職。
その後、療育園で勤務するが、勤務4日目を終えた翌朝、
「うっ!!」
お腹に走る激痛。十二指腸穿孔だった。2ヶ月半にわたる長期入院。
体力に不安を覚え、療育園をやむなく退職した。
≪モノマネやってみる?≫
その後、療養期間を経て、特別養護老人ホームで勤務。
元々、おばあちゃん子で、ご高齢の方と接することが好きであった。
余暇活動で、入居者の方に新聞や絵本を読んでいる時、やっぱりお芝居をしたい!と強く思った小由理は知人にタレント事務所を紹介してもらい、所属することとなる。
その時、30歳。
サンガリアのCМや、NHK連続テレビ小説「芋たこなんきん」(2006年度後期)のほか、
「ミナミの帝王」では、竹内力さん演じる萬田はんにお金を借りている町工場の奥さん役で出演した。
そんなある日、所属事務所の当時の社長が、小由理と、もう一人の細身の所属女性タレント(のちの講談師・旭堂南鈴)を見て発した一言。
「君ら、いくよ・くるよみたいやな〜!」
この一言で、「ちょっと2人でモノマネやってみる?」と、2010年にお笑いコンビ「ミスマッチ」を結成。
モノマネのレパートリー(天童よしみ、天地真理、上沼恵美子等)も増え、デイサービスなど180ヵ所で公演した。
≪嫁入りの覚悟で入門≫
落語との出会いは、その数年後。
友だちに「こんなんやってるみたいやよー」と教えてもらった、天満天神繁昌亭での落語家入門講座(※1)。講師は、後に師匠となる露の都。落語を観た時、ビビビッときた。
「これや!」と。
今までのテレビや舞台では、年齢、見た目に応じた役しか回ってこなかったが、「落語やと幅広い役を一人でできる!究極の一人芝居や!」
落語を趣味ではなく、仕事として続けたいという思いが強くなり、都に入門。
この時、年齢は50ちょっと過ぎ。

修業中の陽照
瑞「大きな決断でしたよね」
陽照「はい。嫁に行くつもりで入門しました」
まさかの”嫁入り”という言葉のチョイス!!まあ、でも、それぐらいの覚悟ということですよね。…分かるような分からんような(笑)
≪師匠の一言「命懸けやねん!」≫
“ビビビ婚”(?)して、50歳過ぎに落語家の修業開始!
ここからいよいよ、露の陽照としてのスタートだ。
半年先に入門していた29歳年下の姉弟子・棗(なつめ)との修業の日々。
朝9時に師匠のお宅へ伺い、師匠の身の回りのことをする。
良いかなと思ってやったこと事が空回りし、怒られる日々。
繁昌亭の楽屋番(※2)を務め、上方落語協会の鳴り物教室にも通い、必死に食らいつきながらなんとか年季明けを迎えた。
ある日の繁昌亭昼席、トリの舞台に上がる直前の都の一言が忘れられない。
「寄席っていうのはな、前座からつないでいって、最後のトリで観に来て良かったなと思ってもらわなあかん。だから命懸けやねん!」
そう言って舞台へ上がっていった都は格好良かった。
来たる9/26(土)、27(日)、陽照も命懸けで挑む舞台がある。
前述した「ミスマッチ」を中心に結成した劇団「ミスマッチデッセ」の15周年公演だ。

都に入門して、12年目。自身を取り巻く環境も変わった。今は親の介護や、自身の膝の痛みを抱えているが、「やっぱり舞台が好き。できるだけ舞台に出ていたい。一人でも多くのお客様に楽しんでいただきたい」と話す声は力強かった。
落語にモノマネにお芝居に華麗な七変化で魅せ続ける露の陽照。
陽照の今をぜひその目でお確かめください!
それでは最後に、露の陽照によるモノマネ、瀬川瑛子でお楽しみください。
♪命くれない〜♪
♪来てくれない〜??落語会♪

モノマネ七変化! 天地真理(左)、不二家のペコちゃん
(※1)2006年の繁昌亭開業をきっかけに開講され、アマチュアを対象に落語家が実演を指導した。
(※2)昼席に出演している師匠方の身の回りのお世話をする当番。上方落語協会所属の駆け出しの落語家たちに課される。
文・写真 露の瑞 写真提供 露の陽照





















